M&Aにおける案件化と企業概要書とは?

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笠松 智種

株式会社企業評価総合研究所

金融機関での資料作成、監査法人での上場企業の監査業務等を経て、2017年企業評価総合研究所に入社。企業概要書の作成・品質管理を専門的に担当。

企業評価総合研究所では、企業評価ともう一つ、M&Aを進める上で重要な“企業概要書”の作成も行っています。本コラムでは、企業概要書の重要性と、作成に至るまでの案件化について説明します。

1.

案件化とその重要性

M&Aでお相手探しを進めるためには、会社資料の収集と社長へのインタビューを行い、その内容を元に企業評価書と企業概要書と呼ばれる買手企業に譲渡企業を紹介する提案書の作成が必要になります。このマッチングに向けた一連の準備を「案件化」といいます。「事前の監査(プレDD)」と言えばイメージが付きやすいかもしれません。
買う側の企業としては、譲渡企業の値段「いくらか?」と何をやっている会社「何屋さん?」の2つが分からなければそもそも十分な検討はできないですし、本当に自社の戦略に合致しているか、譲受金額は譲渡企業の成長性に見合っているか判断が付かずM&Aを決断できません。また、案件化を通じて譲渡企業の事業内容と将来性をより深く知ることができるため、シナジーのありそうな企業を想定しやすく、ベストなお相手探しにも通じます。

加えて、案件を進めていくうえでのリスク要因の分析(案件診断会と呼んでいます)も行うので、買手企業にあらかじめ解決すべき課題とその対処法を説明することができます。具体的には、M&A実行上の利害関係者の確認(反対株主の有無)、不動産・設備等に不備がないか、財務異常値の分析(粉飾決算の有無)、許認可の状況、M&A後に引き継げない取引契約(COC条項)はないかなどを事前に洗い出します。総じて、提案内容の品質保証につながり、買手企業に対して安心してM&Aを実行していただくことに繋がります。

もし案件化を行わずマッチングが進み、基本合意後のデューデリジェンスを経て、それまで聞いたことがなかったような論点が次から次に出てきたら、お相手はどう思うでしょう。
「こんなはずじゃなかった」「ほかにも隠し事があるのではないか」「この社長は信用できない」と疑心暗鬼になります。
M&Aは両想いになって初めて成約するものですから、最終段階で疑心暗鬼になってはうまくいきません。きちんと事前準備をやっておくことで、買手企業からの質問にも落ち着いて答えられ、デューデリジェンス(DD)円滑に終えられます。M&Aのスムーズな交渉とトラブル防止のために欠かせないのが案件化でもあります。

しかしながら、2021年度「中小企業白書」の中で買い手としてM&Aを実施する際の障壁について公表されましたが、1位が「期待する効果が得られるかよくわからない」、2位として「判断材料としての情報が不足している」ことが挙げられています。まさに、案件化がされてない不十分な情報を元にM&Aをするかの判断を買手企業が迫られているかもしれません。

買い手としてM&Aを実施する際の障壁

案件化には通常1~2ヶ月といった時間、分析とアウトプットの作業にかなりの手間、そして譲渡企業を適切に理解する経験とノウハウが必要になります。案件化の重要性を知らず、成約を急ぐ仲介会社、経験が浅いアドバイザーしかいない会社では、企業評価だけは最低限行って、企業概要書の作成やリスク要因の洗い出しを行っていない先も多くみられます。これでは、M&Aを進めたくても躊躇してしまいますし、M&Aを運よく進められたとしてもトラブルの可能性は高く、健全で安心して取引ができる状況ではありません。

ここまでの説明でも案件化がM&Aを進めていく中でどれほど重要なステップかお分かりいただけたかと思います。ですので、企業評価総合研究所は会社として誕生し、専門知識が豊富な案件化スペシャリストの育成、特殊なケースを含めたナレッジの蓄積、数多くの譲渡案件に対応できるようなシステムやフォーマットの構築を行うことで高品質の案件化を実現していき、少しでもM&Aの成約率の向上に寄与できないかと邁進しています。

2.

案件化の流れ

(1)

資料収集

案件化にあたっては、必要資料一覧に基づいて3期分の決算書だけでなく、会社案内、商業登記簿謄本、許認可、不動産登記簿など不動産所有や権利関係が分かる書類、銀行借入やリース、連帯保証明細など契約関係の書類一式、さらに採算管理や売上、仕入、外注先の内訳などの事業関連資料、就業規則や退職金規程など人事・労務に関わる資料など、あらゆる情報を開示いただくことになります。

しかし、中小企業ではこうした資料がすぐに出てくるような情報管理がされていないことが大半です。資料が整理されている会社であっても、M&Aは社内にも極秘に進める必要がありますから、社長の奥さんや娘さんが管理をしていない場合、資料集めは社員に頼めず社長自らがやらざるを得なくなります。それでもM&Aを円滑に進める上でこれらの資料収集は非常に重要なので、案件化を適切かつ早期に完了してマッチングに進むためにも、漏れなくスピーディーに対応いただかなければなりません。

M&Aを前提とした企業価値評価の代表的な手法は3つあります。

(2)

資料のデータ化

決算書を企業評価用のフォーマットに落とし込んだり、紙で提出された資料のデータ化をしたりします。できるだけ開示する資料は紙ではなくエクセルなどのデータの形でいただけるとデータ化の手間が省けスムーズな案件化に繋がります。

(3)

社長へのインタビュー

過去の数字面は開示された資料から読み取れますが、特に重要な企業情報の多くは、プラスの情報もマイナスの情報も社長の頭の中だけにあることがほとんどです。情報を漏れなく収集するために、日本M&Aセンターの専門的知見をシステム化した「D-Compass」を活用しながら1つ1つの内容を丁寧に確認させていただきます。社長にいつもお願いするのは、どんなことでも隠さず話してほしいということです。早い段階で問題を把握できていれば、対策も立てられますし、結果的に社長の身を守ることができます。
譲渡企業の魅力や強みを買手企業に伝えるために、譲渡企業の社長に対し「会社設立に至った経緯」「業界での優位性」「今後の伸びしろ」「M&A実行後の削減可能経費」「事業運営上の課題」「潜在的な労務問題の有無」など重要なインタビューを実施します。

(4)

不動産調査

不動産の価値は企業評価の中でも影響がとても大きく、商談の進行上においても論点が多く非常に重要なファクターです。不動産の相場、現況、法的要件、いずれもお相手が見つかって最終調整段階では精査される項目です。容積率違反だった、増築部分が違法だった、登記がされていなかった、市街化調整区域に建つ物件で再建築不可だった、間口が条例の要件を満たさなかったなど、不動産の価値評価は落とし穴がいっぱいです。ですので、当社では会社が保有ないし社長一族から事業用として賃借している不動産について提携している不動産鑑定会社に調査依頼をします。

(5)

不動産調査

最後に(1)~(4)で入手した情報を分析し、アウトプットとして「企業評価書」と「企業概要書」の2つを作成することになります。企業評価書については こちらのコラム(「企業価値とは? 正しい企業評価とは?」) を読んでいただいて、企業概要書については以下で詳しく説明したいと思います。

3.

企業概要書とは

企業概要書(インフォメーション・メモランダム)は、買手企業がM&Aの検討を進めるか否かを初期的に判断する譲渡企業の企業情報をまとめた提案書です。M&Aのフローでは、秘密保持契約を締結した相手先に提案することになります。内容としては、商号や所在地等の基本情報・事業内容・取扱製品・業務フロー・販売先一覧・財務状況・実態収益力・組織体制・代表者プロフィール・株主一覧・業界動向・抱えているリスク等のファクト情報に加えて、そこから導き出せる譲渡企業の魅力と成長のポテンシャルを示すための情報がまとめられた30~50ページの資料になります。M&Aを結婚に例えるなら、釣り書きやお見合い写真にあたるのが「企業概要書」ですね。

企業概要書 サンプル

なぜ企業概要書が必要かというと、大手企業と違って中小企業の場合は、会社案内がなかったり、ホームページがしっかり作られていなかったりと、会社に関するまとまった対外的な情報がなく一目でどういうことをやっている会社かわからないことがほとんどで、アドバイザーがしっかりと資料を分析して可視化しなければ買手企業に具体的な提案ができないからです。ただ、(たとえあったとしても)会社パンフレットや最初に必ず開示される決算書だけでは買手企業がM&Aを検討するうえで知りたい情報としては不十分です。会社の強み、製品の優位性、事業運営上の工夫、キーマンの特徴や逆に現在あるいは将来抱えるかもしれない課題の多くは社長の頭の中にあることがほとんどで、それを買手企業に示すためには、核心に迫るようなインタビューを粘り強く続け、関連するエビデンス資料がないか何度も確認を行い、ドキュメント化する必要があります。

それでも、企業概要書を作成することなく譲渡企業から預かったパンフレットや決算書をそのまま買手企業に横流しするだけの業者がいまだに散見されます。このような方法で譲渡企業と買手企業の双方にとってベストなM&Aを提案できるでしょうか。その結果、「会社の特徴がいまいちつかめない、業務フローがわからない、実態の収益力が見えてこない!これではM&Aなんてできない!!」といった事態に陥りマッチングが進みません。

4.

魅力ある企業概要書とは

事業面では、「商品・サービスの強み・優位性は何か?」「取引先と長きに渡って関係が築けている理由は何か?」「毎年利益を安定して確保できている会社の仕組みは何か?」といった情報は単に資料からだけでは読み取れない、社長のみが知っている会社が設立以来何年も存続している理由となり、買手企業としては必ず知っておきたい点です。財務面では、決算書の数値を分かりやすくまとめるだけでなく、イレギュラーな内容の要因を分析し補足説明をすることも重要です。それが「一過性のマイナスなのか」「今後も続くトレンドなのか」は、買手企業としては不安に思う部分であります。

また、作成していくなかで陥りがちなミスとしては、調査レポートのような数字の羅列のみになってしまい、“提案書”の形ではなくなってしまう場合があります。M&Aが一般的になってきた昨今、買手企業には仲介会社・銀行・証券会社等から数多くのM&A案件が持ち込まれます。各担当者との限られた面談時間の中で譲渡企業の魅力を最大限プレゼンするためには、視覚的にも分かりやすく、必要な情報が漏れなく簡潔にまとめられたものでなくてはなりません。

世の中に1つとして同じ会社がない中で、譲渡企業についてどのような切り口で情報を整理し、買手企業にどのようにプロデュースするかが専門家の腕の見せどころであり、経験と能力が試されます。年間500社以上の企業概要書を作成している当社ではこうしたナレッジを蓄積しており、会社規模や業種に応じたポイントのまとめ方をマニュアル化しているので、どんな会社でも対応が可能です。加えて、ドラフトした企業概要書は必ず第三者の目を通してチェックします。日本M&Aセンターグループでは、多くのM&Aを成約に導いてきたベテランアドバイザーと会計士/税理士が一緒になって営業的事業分析の視点と専門的リスク分析の視点で内容のチェックを行い、より高品質の企業概要書を完成させるためにグループ一丸となって努めています。

このように、企業概要書はM&Aのマッチングに際して非常に重要なものとして位置づけられており、譲渡企業の経営者にとっては何十年もの経営者人生全てを投影した写真といっても過言ではありません。さらに企業評価の面でも譲渡企業の魅力が凝縮した企業概要書によって、決算書等の数値データには表しきれない譲渡企業の成長ポテンシャルが買手企業に明確に伝われば、利益の3年程度で通常評価される営業権(のれん代)が4年、5年と評価してもらえることになり、より高い金額での譲渡にも繋がります。

自信をもって買手企業に提案できる最高の企業概要書に仕上げて、経営者人生の最後を飾る最高のマッチングを実現したいと思います。